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-略歴-
1998年 京都大学経済学部入学
2001年 有限会社ドリコム(現株式会社)設立
2003年 ブログサービス事業展開
2006年 東証マザーズに上場

1978年生 現在27歳

会社設立から4年。ブログ業界をリードし、日本のIT業界で最も期待されている企業のひとつ、ドリコム。
サイバーエージェント藤田社長GMOインターネットの熊谷社長とも仲が良いと言う27歳ドリコム社長の
原点、ゼロから事業を始めた初期の貧困生活、今後の事業展開、東大生へのメッセージなどをお聞きしました。


御社の事業内容を教えていただけますか?

ブログのシステムを開発し他社に提供したり、一般個人向けにブログサービスを提供したりなど、ブログを中心とした事業を行っています。
もう少し言うと、一般個人向けのブログサービス。法人向けのビジネスとして、HPを簡単に作成できるCMS(コンテンツマネージメントシステム)やブログシステムの販売と社内の情報共有ツールであるドリコムブログオフィスのASP提供サービス。
その他、広告事業の一環として、サイバーエージェントさんとコンテンツマッチ広告(BlogClick)に対して検索マッチング技術を提供しています。

■詳しくはホームページやニュースサイトからどうぞ。■
■開発者の方々にお聞きしたインタビュー記事はこちらから。■
■最後にドリコムの行うソフトウェア開発コンテスト詳細へのリンクがあります。ここからもいけます。■

内藤社長がベンチャーの道に進もうと初めて思ったのは、いつですか?


昔からモノを作る仕事や発明家になりたいという思いがあったんです。
小さいころから日経新聞読んだり大人の参加するシンポジウムに行ったりしてましたね〜。
ただ、具体的に進路としてまとまったのは、高3の時ですね。
周りが受験受験ってかんじで嫌だったから敢えて高3のときにビジネスに関した本読んだり活動してましたね〜。(笑)
偏差値40とかだったし受験は落ちちゃったんですけど、ベンチャーの分野に進もうと思い、経済系の学部に進学しようと思いました。
それで次の年に京大に受かったんですね。でも大学は数えるほどしか行ってないです。(笑)
大学では異端っぽかったです。1年のときから髪が長くて金髪にしてて、ピアスあけてて。おかげで変な人たちが僕の周りには集まっていましたね。(笑)

大学に入ったあと、しばらくして、働き口を探していることを年配の知人に言ったことがあるんです。
たしか二十歳の頃ですね。
ある朝、その知人は私を電化製品のショールームに連れて行ったんですね。
連れて行く目的を私に知らせないままですよ。
ショールームは大きな体育館で行われていて、家族連れの人など、たくさんの人がいてとても活気があったのですが、私は目的を知らされていなかったので「何をやるんだろう…」と不安や疑問が混ざった気持ちでした。
そしたらその人は私を東南アジアから輸入したアクセサリとかが山積みになっている机まで連れて行き、
「今日一日これを客に10万円売り上げたら、君を私の会社に雇ってやる」
って言ったんですよ。

びっくりしましたよ〜。見たことありますよね?よく外国人が売ってる。
じゃらじゃらしたああゆうアクセサリを家族連れに売るなんてできるかなって。
午前中は一個も売れませんでしたね〜。
で、柄のついた生地とか下にしけばちょっと高そうに見えるんじゃないかとか考えて買ってきたり、いろいろ工夫して。
で、午後は15万円分くらい売れました。
2,3万しか売れないだろうと思ってたみたいなので驚いたでしょうね〜。(笑)
この経験が、私のビジネスにおける第一歩だったと思います。


その後、ベンチャーまでの下積み時代を経験したのですか?

しました。ショールームに行った後、私は無事その知人に採用されたんですね。
それからの課題も面白いものでしたよ〜。たとえば、
「リクルートの社内に行って、昼休み、リクルート社員に東南アジア製の安物バッグを売れ」
とか。
普通に高級バッグを持ってる人に東南アジアから輸入したバッグを売るとかできるかなって。(笑)
無茶な課題に思えましたが、高給のリクルート社員にノーブランドのバッグをどう売ったらいいのか、
必死で考え、工夫しましたね。
私は大学でサークルに入ったことも、ゼミに入ったこともありませんし、授業に行ったこともほとんどないんです。
大学の記憶は、入学式に行ったことくらいですね〜。
でも、実践の現場で働く過程で、原価の考え方やリサーチのやり方、そして物事を考え、
工夫することなど、ビジネスを行う上で重要なスキルを身につけることができ、
だんだんビジネスがどんなものなのかわかってきました。

このあたりが、起業するまでの下積みですね。

大学入ってからしばらく塾講師をやっていたんですが、事業を始めようと決めた大学2年のとき、これこれこうゆうことをしていくのでやめます!って企画書出してやめたんです。
そのバイトは、はじめ週1とかからだったのが週2になり週3,4,5ってなってました。(笑)
しばらく続けていたんですが、講師をやっていても自分が何か変えられるわけじゃないと思い始めて。
商売の基本は100円で仕入れていかに120円で売るかってことだと思うんですけど、
バイトでやってるだけじゃそのお金の流れとかに関与できないなと。
ビジネスコンテストで優勝して賞金100万円もらったりしたことも自信になってました。

 ドリコムの成長の経緯は、どんな感じでしたか?

起業を決めてからは一緒に働いてくれる人を集めようと思い、
大学でビラをまき、プログラミングができたり、ビジネスに興味のある仲間を集めました。
ビラとかすごいまきましたよ〜(笑)
創業メンバーが集まってガレージ起業しました。

オフィスはひどい場所でしたよ。オフィスというか、7人で家賃8万の家に住んでました。
なんか千円とかの机とか買ってきて置いてみて、みんなで「おーオフィスっぽい」とか言っちゃってて(笑)
ゴキブリやねずみが出まくるところで、ちょっとでかけて帰ってくると、なぜか部屋に猫がいたことも。
猫なんて飼ってないのに。どこから入ったんだろう。今でも謎です。
水道管からお湯がでなくて、お風呂がたまるまでにお湯が冷めて水になったりしたこともあります。
一人が水道使うと、別の場所の水道がでなくなるもので。冬場とか大変でしたね。
朝7時に起床で、ご飯の担当とか決まってて。宗教団体のような感じですよね。(笑)

ほんとに貧困生活でした。月に一度くらい、一人の社員がユニクロに買い物に行っただけで「ずるい!」とか。(笑)
白木屋に月に1回行くのがその月の一番の楽しみみたいな。
共同生活ならではのぬくもりがあって、楽しいのではないかと思われるかもしれませんが、
こんな暮らしが2年続いたので…けっこうつらかったです...

そんな中、私たちは、自分たちの進む方向を模索していきました。

はじめての決算のときは、売り上げが3万円ちょっとしかなくて、
「これはまずい、このままじゃ会社がつぶれる」という危機感がありました。
それから必死に営業をやって、大きな会社とも取引した甲斐もあって、翌年の売り上げは7000万円くらいに成長しました。
その頃ちょっと会社らしくなってきて、やっと本格的な事務所を借りることができました。
そこからは割とトントン拍子に、成長していきました。そして今に至ります。
ちなみに当時の創業メンバーは全員今もいます。誰もやめてません。


まだまだ続きます

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